移住者インタビュー

Interview

Iターン40代編集・クリエイター北島町

北島町から生まれるイタリアンジュエリー。

土井 仁さん

出身地:三好市

移住年:2007年

現住所:北島町

職業:ジュエリー作家

取材年月:2016年2月

日本人が3名しか公認されていないエトルリア文明から受け継がれた技法「マードレヴィタート」を会得したジュエリー作家が北島町にいます。サラリーマンから転身し、イタリアのフィレンツェで修業したジュエリー工房Athensの土井仁さんにお話を伺いました。

会社員からジュエリーデザイナーに転身。

--徳島では土井さんのような独立系のジュエリー作家は珍しい気がします。

土井さん:何人かはいらっしゃると思うんですが、それほど多くはないでしょうね。もともと私もナショナルブランドのメーカーで業務企画と営業の仕事をしていたんですよ。転勤族で徳島からいろいろな土地へ行きましたが、広島で勤務していたときに支店の統括業務を打診されて。仕事自体は面白かったものの、固定されてしまう歯車のような生活には抵抗がありました。そこで一念発起して会社を辞め、独立して夢だったジュエリー作家を目指すことにしたんです。

--サラリーマン時代から、もともとジュエリーの世界に興味があったのですか。

土井さん:そうですね。海外旅行が趣味なんですが、20代の頃にギリシャのクレタ島を訪れたとき、現地の美術館でマリア遺跡から出土した黄金づくりのハチのペンダントを見て。実際のところ、ジュエリーのような装身具って“生活に必要不可欠なもの”ではありませんよね。それなのに、何千年も前から現代に至るまでずっと存在していることに感銘を受けました。ジュエリーの製作については、ずっと興味があったんですが、当時は徳島で習うことができる場所がなかったんですよ。広島に転勤してから彫金の教室を見つけて習いはじめたものなので、そう考えるとジュエリー作家としてのスタートは少し遅い方だったといえるかもしれません。

--北島町へIターンする前にイタリアで修業されたとお伺いしました。

土井さん:どうせやるのであれば「本気でやりたい」と思ったんです。自分の好きなヨーロピアンジュエリーの本場といえばイタリアだったので、フィレンツェで1年間にわたって勉強しました。専門学校へ通ったんですが、そこで教えてくれる先生はジュエリー工房で活躍する現役のクラフトマンばかり。とても充実した時間を過ごしました。北島町へ戻ってきたのはその後ですね。イタリアで身につけた技術をもとに、最初は大阪でPCインストラクターをしながらジュエリー作家として活動していたんですが、やはり本格的に制作活動に専念したくなって。ここ北島町の「A&C」の中に工房兼ショップを構えたのは2012年のことになります。

人との交流が増えた北島町の工房兼ショップ。

--ここ「A&C」にはカフェもありますが、料理は土井さんが担当なのですね。

土井さん:そうなんです。「Florence」というカフェなんですが、実は調理師免許を持っているので、こちらのカフェの方にフードの注文が入ったときはリングやペンダントを製作する手を休めて料理をつくるんです(笑)。パエリアやムサカなどもレパートリーにはありますよ(笑)。

--北島町に工房兼ショップを構えてから、どのような変化がありましたか。

土井さん:一番大きく変わったのはお客さまとの交流が生まれたことですね。工房に篭ってジュエリーづくりに集中していると、どうしても会話をする機会が少なくなりがちなんですが、買い手の言葉がダイレクトに届く環境に身を置いているのは、自分の製作にもプラスになっているんじゃないかと思っています。それから、今は月に一度のペースで初心者向けの彫金教室もしているんですが、こういった学びの場をつくっていくことも大切だと考えています。

--土井さんが手掛ける美しいジュエリーの技法について教えてください。

土井さん:地金はシルバーをメインにゴールドなどを使っています。デザインによっては貴石、半貴石と呼ばれる宝石類を組み合わせてつくるイタリアンジュエリーになります。螺旋状の文様の線細工は、古代ローマ時代に中部イタリアで繁栄したエトルリア文明で生まれた技術の再現で「マードレヴィタート」といいます。私はフィレンツェのMeli Gioielli社で指導を受け、日本人では3人しかいない公認技術者の1人になりました。この「マードレヴィタート」と地金の表面にタガネで細かく彫りを入れる「インチジオーネ(フィレンツェ彫り)」が得意ですね。リングやペンダント、ブローチやバングル、ブレスレットなどを数多くつくっています。

もっと徳島発の作品の良さを伝えていきたい。

--土井さんは「クリエイティブ徳島協同組合」の専務理事でもあるそうですね。

土井さん:そうなんです。「クリエイティブ徳島協同組合」は2014年に設立されました。木工関係の方々を中心に、ものづくりに携わるクラフト作家が、自分たちの情報を発信していこうという団体です。北島町もそうですが、徳島にはさまざまな人的資源が眠っていると思うんですよ。その一方で、自分たちの力に気づかないまま、または眠らせてしまっている事例も多い。もっといえば、徳島という地域の個性や面白さにも同じことがいえるような気がしています。

--徳島という土地が秘めた可能性をどう伝えていくかということでしょうか。

土井さん:昔からいわれていることですが、やっぱり閉鎖的な土地柄だとは思うんです。よく「徳島で商売をしていくのは難しい」といわれていますが、その言葉を逆に考えてみると、ここでやっていけるのであれば、ほかのどこででもやっていけるということでしょう。住んでみなければわからないことが多いのは、どこの土地でも同じですよね。特にものづくりは土地の文化に根ざしたものでもありますから、昔から木工細工や大谷焼、藍染めなどが盛んだった徳島は、ものづくりを生業とするクラフト作家にとっては住みやすい環境ではないかと思います。

--最後に土井さんから見た北島町という地域の印象を教えてください。

土井さん:徳島県の中でも人口が増え続けている地域でもありますし、とても住みやすいところだと思います。映画館が入っている大きな商業施設もありますし、中小のショップも多い。子供がいるファミリー層にも暮らしやすいのではないでしょうか。そういう部分は移住を考えられている方にはぴったりといえそうです。どうしても車は必要になりますが、徳島市中心部にもすぐに出ることができる立地がですし、個人的には人との出会いが多い点も嬉しいですね。