移住者インタビュー

Interview

Iターン30代阿南市

移住の決め手は加茂谷という地域と人々の魅力。

関 澄人さん/関 景子さん

出身地:群馬県・東京都

移住年:2016年

現住所:阿南市

職業:会社員・主婦

取材年月:2017年5月

徳島県南東部を流れる那賀川の中流域に点在する10町からなる加茂谷。近年、地域を盛り上げる活動も目立つこの地域へ2016年に東京から移住してきた関さんご一家。澄人さんと景子さんが移住を決めたきっかけや加茂谷での暮らしについてお伺いしました。

探していたのは“田舎”と呼ぶことができる場所。

--関さんご一家は東京から徳島へ移住されてきたとお聞きしました。

澄人さん:そうです。もともと移住に関しては僕よりも妻の方が積極的だったんですよ。僕自身は群馬県の出身ですから、関東地方の自然が豊かなところで育っていますし、田舎に関する憧れもそこまでありませんでした。東京で暮らすことに何の不満もなかったんです(笑)。

景子さん:私は東京都の大田区の出身で、ずっと都会で暮らしてきました。長男が生まれてからは育児に専念していたんですが「ゴミゴミした東京で子育てをするのは、そろそろ限界だな…」と感じて。私には田舎と呼べる場所がなかったし、どこか自然がいっぱいある土地で畑いじりもしてみたかったんです。それで、二人目の子供を授かったときに「このタイミングしかない!」と決意して、真剣に東京から地方へ移住することについて考えはじめました。

澄人さん:僕の方は仕事もかなり忙しかったですし、ほとんど妻が移住に関する情報を探してきて、二人で話し合うような形でした。それこそ、インターネットで情報を検索したり、東京ビッグサイトで開催されていた「JOIN 移住・交流&地域おこしフェア」に参加して、いろいろ話を聞いてきてくれて。移住するなら、海の近くで暖かい土地がいいと思っていました。

景子さん:「JOIN 移住・交流&地域おこしフェア」では、まず高知が気になりましたね。美味しいものが食べられて、まだ未経験ですが、海でサーフィンも楽しむことができるんじゃないかと思ったんです(笑)。その後、高知に行ってみたんですが、どうも私たちにはしっくりこなくて。でも、四国は海に囲まれているし、移住先として良さそうだと感じました。徳島に興味を持ったのは、海部郡海陽町の「ふるさとしごと塾」がきっかけでした。そこで永原レキさんをはじめとする多くの方と出会い、東京のIT企業HALの古民家を改装したサテライトオフィス「屯(たむろ) はる」のオープン記念食事会に参加させてもらったんです。

澄人さん:そのオープン記念食事会には妻一人だけが参加していたのですが、サテライトオフィス「屯(たむろ) はる」があるのが、ここ加茂谷だったんですね。HALには妻の妹が勤めているという縁もありましたが、何と言っても加茂谷の人たちの雰囲気がすごく良かったそうです。東京に戻ってきてから、そのときの話を聞くと、初対面の人たちをニックネームで呼んでいて(笑)。これには本当にびっくりしましたね。よっぽど気に入ったんだろうなと思いました。

ちょうどいい距離感がある加茂谷の一員に。

--しかし、移住するにあたっては、住まいや仕事の問題が大きな壁になります。

澄人さん:こちらで住む家に関しては加茂谷の人たちが探してくれていたんです。それも嬉しかったですね。今、暮らしているのは、いろいろ見せてもらって決めた一軒家なのですが、探している間も、HALのサテライトオフィス「屯(たむろ) はる」に宿泊させていただくなど、多くの方にご協力いただきました。東京で生活しているときは仕事が忙しく、なかなか家族との時間が持てなかったんです。一度、すべてをリセットして、暮らしそのものを見直すべき時期かなと考えていました。仕事については特に不安はなかったですね。周囲の人たちも心配してくれましたが、地元の製材所に就職しました。今は規則正しい生活を送っています(笑)。

--実際に楠根町に移住されてきた今、地域にどんな印象をお持ちですか。

澄人さん:消防団は吉井町に入りましたし、楠根町という町単体よりも、この町を含む“加茂谷”という地域の一員になったという感覚が強いですね。特に有り難いのは『加茂谷元気なまちづくり会』の存在です。「加茂谷体験ツアー」のような移住者の誘致イベントも行っているほか、私たち移住者に対してもいろいろなバックアップをしてくれていますし、自然とつながりが生まれてきます。今、加茂谷には子どもがいる移住者の家族が8組もいるそうです。

景子さん:べったり世話を焼かれることもなく、完全に放っておかれることもありません。人付き合いの距離感がちょうどいい地域じゃないかなと感じています。また、子供がいるお母さんのつながりとしては、加茂谷公民館で『加茂谷のママとベビーの会 かもべび』が定期的に行われているなど、子育て世帯にとっては心強い取り組みも行われているんですよ。

--移住者の受け入れや支援の体制が整っているのは嬉しいですね。加茂谷といえば、農業が盛んな地域でもありますが、野菜づくりなどには挑戦されていますか。

景子さん:HALのサテライトオフィス「屯(たむろ) はる」の畑を借りて、いろいろつくっています。落花生、生姜、里芋、人参、じゃがいも…。土がいいせいか、どれも順調でしたね。いっぱい収穫できたものは東京の友人に送ったりもしました。

澄人さん:自分の手で畑を耕していると「それじゃ大変だろう」と機械を貸していただいたり。困っているときに手を差し伸べてくれる優しさも嬉しいです。そうそう、加茂谷で暮らしていると、旬の野菜はもちろん、鹿や猪の肉なんかもいただくことが多いんですよ。僕は猪の肉が大好物なので、いつも大喜びで食べています(笑)。

自分の目で暮らしていく土地を確かめよう。

--最後にこれからやってみたいこと、移住を考えている方へアドバイスをお願いします。

澄人さん:そうですね。徳島で知り合った移住者の方たちは、自分の好きなことを追求しているタイプが多い印象を受けました。僕は絵を描くのが好きなので、いずれは夢の一つであるイラストレーターを目指していきたいと考えています。今はインターネットもありますし、どこにいても自分の表現を発表することはできる。どんな形であれ、チャレンジしてみたいですね。妻は料理やお菓子をつくることが好きなので、そういう特技を生かしていくのではと思います。

景子さん:「いつかは移住したいな」と考えているだけでは何も始まりません。まず気になる土地を見つけて、とにかく足を運んでみることが大切です。ずっとその場所で暮らしていくわけですから、自分の目で確認しないと駄目ですよね。私たちもインターネットでは住まいに関する情報が見つけられなかったんですよ。やっぱり現地に行くしかないなと思いました。それから、理想を持ちすぎると現実とのギャップがありすぎて挫折してしまいます。いい意味で妥協点を見つけるというか、毎日の小さな喜びを見つけられる人の方が向いているのではないでしょうか。あまり考えすぎないというのもポイントかもしれません。