移住者インタビュー

Interview

Uターン30代編集・クリエイター牟岐町

アーティスト部分と受注仕事の両方あってバランスが保たれていると思います

宮内淳子(J子)さん

出身地:牟岐町

移住年:2006年

現住所:牟岐町

職業:消しゴムハンコアーティスト・ご当地イラストレーター

徳島県への移住促進を行う『住んでみんで徳島で!』のポスターや牟岐・出羽島アート展での作品展示なども知られるJ子さん。消しゴムハンコアーティスト・KESHIHAN洞として手作り市にも出店し、県南部を代表するご当地アーティストとして親しまれています。

--J子さん、Uターンなんですね。ずっと地元で活躍されているイメージがありますが。

J子さん:徳島に戻ってきたのは10年前です。大学は岡山、就職は東京で、5年働いていました。東京ではOLをしながら、漫画家になりたくて、アシスタントのアルバイトをしていました。その後4ヵ月くらい大阪へ行って、それで帰ってきました。

--漫画家になりたかったんですか!? それはいつ頃から?

J子さん:だいぶ大人になってからなんですけど(笑)そもそも就職で東京に出たのは、CMプランナーになりたかったからなんです。会社勤めをしながら、専門学校のプランナー養成コースに行ってたんです。CMって、絵コンテみたいなのを描くじゃないですか。あれってマンガっぽいじゃないですか。CMプランナーになるには電通とか大手に入らないといけないじゃないですか。でもそんなところに入れる気がせず、なんか似とるし、漫画家にしよ、一人でできるし…みたいな感じで。

--それでアシスタントをやろうと?

J子さん:作品を出版社に持ち込みとかしてたんですけど、知り合いの勤め先に「漫画家さんがバイトに来てるよ」って聞いて、その人につないでもらって月に1回か2回だけ、締め切り前にアシスタントに行ってましたね。

--出版社に持ち込みするって、結構真剣ですよね。

J子さん:手ごたえはありませんでしたけど(笑)

--ジャンルは?

J子さん:サラリーマン向けのナンセンスギャグマンガです。

「やっぱり都会ムリ!!」って思って、観念して帰ってきました。

--その後、4ヵ月だけ大阪へ行かれたのはなぜですか?

J子さん:ずっと働いていたんで、なんせ疲れてたんです。疲れ果てました(笑)疲れて、「もう地元に帰ろうかな」と思って東京の仕事を辞めて、いきなり地元に帰っても勤め先もないし、帰ったら二度と都会には出て来れないと思って、「一回大阪、行ってみよ!近いし、都会やし!」って感じで、大阪の印刷会社に就職したんですが、大阪でもまた疲れて(笑)「やっぱり都会ムリ!!」って思って、観念して帰ってきました。

--実家に戻って、イラストレーターを始めたんですか?

J子さん:いやいや、戻って牟岐のサーフショップでバイトしてたんです。会社勤めしていた時に、休暇とって、帰省していた時に東京の友達も来ていて、その子が「どうしてもサーフィンしたい」っていって言うんで、体験に嫌々ついて行ったんですよ。そしたらそれがむちゃくちゃ気持ちよくて。「こんなに楽しかったんや。こんなんあるなら帰ってこよかな」って。その後に牟岐のサーフショップに寄ったら、ちょうどアルバイト募集の貼り紙がしてあったんです。

--そこからどうやって現在の道にたどり着いたんでしょうか?

J子さん:そのサーフショップでバイトしてたんですけど、冬場は暇なんです。一日誰ともしゃべらない日があったりして。暇すぎて、お店で消しゴムハンコを彫りだして…。

--それはマズいでしょ(笑)

J子さん:サーフショップの奥さんが雑貨好きな人で、誕生日にオリジナルハンコをプレゼントしようと思ったんです。それで彫りだしたのがきっかけです。そこから「お店で注文とってもいいよ」って言われて。だけど手作り市とかに出店し始めると、週末に休みもらわないといけないので、バイトを辞めたんです。その後、どこかに就職しようと思ってたんですが、しないまま今に至ります。

ひょうたんを面白がってくれる人がいて、色に目覚めたんです。

--県南部で行われるイベントなど、ポスターで脚光を浴びたイメージがありますが、どの作品が一番最初だったんでしょうか

J子さん:イラストは2013年の出羽島アート展が最初です。

--意外と最近ですね。もっと昔から描かれているイメージがありますが。

J子さん:消しゴムとイラストの間にひょうたんがありまして…。

--ひょうたん!?

J子さん:消しゴムハンコで手作り市に出店していた時に、ひょうたんを売っている人がいて、「これに絵を描いたら面白いんちゃう?」と友達が1個買ってくれたんですよ。もらったら描かないかんかな…と思って描いてみたら面白くて。そもそも私、色付けにコンプレックスがあったんです。印刷会社で働いていた時に、新聞の折り込み広告の制作をしていたんですが、その時、色付けを失敗してむっちゃ怖い上司にすっごい怒られて、それがトラウマになって。「私、色付けアカンのや。色を塗れん人や」と思ってたんで、色付けしなくてもいいハンコを始めたんですよ。でもひょうたんに塗ってみたら、それを面白がってくれる人もいて、色に目覚めたんですけど。

--色彩感覚独特ですよね。

J子さん:そうですね。やっと「いいかな」と思えるようになって、そうなると「立体である必要はないかな」と思ってイラストになっていった感じです。

--どの作品も県南部の温暖な天候や、地元の方たちのおおらかさが現れているように感じられます。作品としてもこの路線に落ち着いたように思いますが。

J子さん:探り探りですよ。まだ全然はじけてないですし。お金とか、時間とか、重力とか、風とか、いろんなものに制約されて、難しいなと思っています。

--牟岐での生活が作品に左右しているなと思うことはありますか?

J子さん:表現じゃなくて制作の環境でいえば、作りやすいですね。広いところもあるし、音出しても文句言われんし。やりたい放題できる。都会で働いていた時みたいに疲れないんですよ。当時は休みの日とか寝まくってたんですけど、今は休みらしい休みもないし、睡眠時間も少ないですけど、全然しんどくないです。県外に出て初めて地元が「好きだったんやな」って気づきましたね。

--依頼されたものを作る仕事と、アーティストとしてやりたい部分のせめぎ合いはありますか?

J子さん:本当のアーティストは暇があれば、絵を描いたりしていると思うんですけど、私はできないんですよ。暇なときはマンガ読んだり、三味線弾いたり、違うことしてしまうんです。だから“アーティスト”って言われると「偽物です、私」って(笑)受注仕事とアーティスト部分の両方あってバランスがいいと思っています。どっちか一方だったら苦しいかな。

--今、一番作りたいのは何ですか?

J子さん:絵本が作りたいです。今年中には作りたいですね。