移住者インタビュー

Interview

IターンUターン60代から専門・その他吉野川市

愛する故郷を梅酒づくりで元気にしたい。

東野宏一さん

出身地:吉野川市

移住年:2008年

現住所:吉野川市

職業:自営業

取材年月:2016年2月

徳島県で初めての「梅酒特区」に認定された吉野川市美郷。生まれ育ったこの土地へUターンし、日本一小さいともいわれる酒蔵「東野リキュール製造場」を妻と営む東野宏一さんに、梅酒づくりと故郷への思いをお聞きしました。

「いずれは戻ろう」と考えていたふるさと。

--東野さんは美郷のご出身なんですね。Uターンを決めたきっかけを教えてください。

東野さん:京都で繊維関係の会社で働いていたんですが、いずれは美郷に帰ってこようと思っていたんですよ。妻は県外の出身なんですが、結婚する条件として「美郷へ戻る」を挙げたくらい、この土地に愛着があります(笑)。ここは本当にいいところでね。四季がきちんと感じられる山や川もあって、春になれば美しい花も咲く。まさに「美郷」という名前どおりの土地なんです。それで定年退職をきっかけに、京都での生活を終えてUターンすることにしました。ずっと「年齢を重ねてからでも帰る場所があるというのは幸せだな」と思っていましたね。

--それだけ大切にされている故郷ですが、帰ってきたときの印象はいかがでしたか。

東野さん:そうですね…。定期的に帰省することはあったとはいえ、久しぶりに美郷へ戻ってみると、全体的に活気がなくなっていて、とても寂しい雰囲気になっていました。人がいないんですよ。私が子供の頃と比べたら、だいたい五分の一くらいまで減っている。それから、随分と高齢化率も高くなっていて、およそ二人に一人は高齢者になっていました。こちらに家を建てて母の介護をしていたんですが「これはどうにかしなければ…」と心配していました。

--美郷が徳島県初の「梅酒特区」として認定されたのは、その後のことなのですね。

東野さん:ちょうど帰郷してから1年後くらいの頃になります。もともと美郷は“梅の里”でもあるんですよ。どの家にも梅の木があって、梅干しや梅酒は当たり前のように仕込んでいました。夏バテや食あたりのときには欠かせないものだったんです。「梅酒特区」というのは、この土地でつくった梅を原料にした梅酒であれば、少量の年間生産量でも酒類製造免許が取得できる仕組み。この制度を上手く生かしていけば、地域が元気になるんじゃないかと思い、妻と二人でスタートしたのが東野リキュール製造場です。ここ美郷で初めての蔵元になりますね。

梅酒がきっかけで人が集まるようになって。

--東野リキュール製造場はどんなサイクルで梅酒づくりを行っているのでしょう。

東野さん:梅の収穫期である6月にその年の梅酒を仕込むんです。うちは梅農家さんから梅が届いたら、夕方から真夜中近くまで夫婦二人で水洗いして陰干し、翌朝から焼酎に漬け込んでいく作業を始めます。そんな生活が5日間くらい続くんですよ(笑)。時間を置くと香りが逃げてしまうから、収穫してから24時間以内には漬け込まないといけないと思っています。その後は蔵でじっくり11月まで熟成して「美郷梅酒まつり」のときに出荷というスケジュールですね。

--梅酒は何年も熟成させるイメージがありますが、その年に出荷されるのですか。

東野さん:一般的な梅酒に使われる鶯宿梅はしっかり味が出るまで2年から3年くらいが必要になります。うちの梅酒は今まで梅干にしか使われていなかった竜峡という小梅を使っているので、その年から飲むことができるんです。今は一般向けのすっきりとした味わいの「白竜峡」、赤紫蘇で綺麗な色と風味をつけた「紅竜峡」、日本酒が好きな方向けの「高越山」をメインに、今年から本格的に販売を始めた若い女性向けの「ホーホケキョ」を加えた4種類をつくっています。夫婦二人でやっているので、年間1,500リットルほどでいっぱいいっぱいなんですよ(笑)。

--毎年11月に行われる「美郷梅酒まつり」も、年を追うごとに盛況だと聞きます

東野さん:おかげさまで多くの人が訪れてくれるようになりました。私たち美郷梅酒会が運営するイベントですが、美郷にある5軒の梅酒の蔵元と農家民宿、温泉など8つの会場をシャトルバスで巡ってもらう試みです。それぞれの梅酒の飲み比べができるだけでなく、美郷の秋の風景と味覚を堪能することができるんですよ。昨年で7回目を迎えましたが、およそ3,000人くらいの方が2日間でこの土地に足を運んでくれて。この「美郷梅酒まつり」をきっかけに、どんどん美郷に人が来てくれると嬉しいですね。春は梅やシバザクラ、夏はホタルと、ほかの季節の魅力も知ってほしいんです。私の梅酒づくりやイベントは、そのきっかけだと考えています。

地域を元気にするためにできることを考える。

--梅酒のおかげで少しずつ地域が元気になってきたと考えていいのでしょうか。

東野さん:そうですね。実際、美郷へ足を運ぶ人が増えてきたという実感もありますし、移住者も何人が来てくれるようになってきました。ただ、この土地が気に入ってくれたとしても、手放しで移住を勧められるかといえば、残念ながらそれは難しいんですね。どこでも同じ問題を抱えているとは思いますが、住む場所はあっても豊富に仕事があるわけではないんですよ。

--なるほど…。それは確かに美郷への移住を考える際には問題となりそうですね。

東野さん:美郷へ移住を考えるのであれば、こうした山の中でもできる仕事の方以外は、徳島市などで生計を立てる手段が必要になるでしょう。それから、誰でもいいわけでもありません。人と人との結びつきが大切にできる人、世代を超えて共通の話題と言葉で話ができるような人でなければ、なかなか定住は難しいのではないでしょうか。何度も地域に足を運んで老若男女の知人や友人をつくり、美郷へ溶け込む努力をすることがスタート地点なのかもしれません。

--最後に、これから東野さんが美郷でやっていきたいことを教えてください。

東野さん:梅酒づくりは地域を活性化させるための手段の一つではありますが、やはり新しい味の梅酒には挑戦していきたいですね。今年から本格的に販売を始めた「ホーホケキョ」は7年ぶりの新作。新しい梅酒の開発には時間も手間もかかりますが、大きなやりがいを感じています。それから、自分が培ってきた梅酒づくりの技術を伝えていきたいですね。もっとも、味に対する感覚をどのように伝えていくか、まだ方法を探しているところでもありますが…。大好きな美郷を元気にしていくため、まだまだ頑張っていきたいと思います。